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鬼和尚天空

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般若心経の現代語訳
 般若心経は他の経と違い、最初に私はこのように聞いたと言う文句が無いのじゃ。
 それは元からお釈迦様の教えではないと言う事を宣言しているのじゃ。
 金剛経とは違う空の法が書かれた経なのじゃ。 

 本来自己を観察するための心身の各要素を、無であり、空であるとみなす事によって執着を消し、自分という観念をも滅する事が出来るのじゃ。
 人によっては観察よりも、この空を観想する智慧の完成の行が、役に立つ事もあるじゃろう。
 
 
        般若心経

 観自在菩薩が智慧の完成と言われる行をして、心身の全てを空と観想して、一切の苦厄を脱した。
 舎利子よ、肉体は空と異ならず、空は肉体と異ならない、肉体は即ち空であり、空は即ち肉体である。
 感覚も空であり、空は感覚と異ならない。感覚は即ち空であり、空は即ち感覚である。
 想いも空であり、空は思いと異ならない。思いは即ち空であり、空は即ち思う事である。
 分別も空であり、空は分別と異ならない。分別は即ち空であり、空は即ち分別する事である。
 認識も空であり、空は認識と異ならない。認識は即ち空であり、空は即ち認識する事である。

 舎利子よ、全ての事物を空と観想して、生まれる事は無く、滅する事は無く、汚れる事は無く、清くなる事は無く、増える事は無く、減る事も無いと見よ。
 空と観れば肉体は無であり、感覚も無であり、想いも無であり、分別も無であり、認識も無である。
 眼耳鼻舌身意も無であり、色声香味触法も無であり、眼によって成される界域から意識によって成される界域も無である。
 
 修行のための法である無明や無明が尽きるという事も無く、老死も無く、老死が尽きる事も無い。
 四諦の苦集滅道も無く、智慧も無く、何かの境地を得る事も無い。
 得るという事も無いのであるから、菩薩達は智慧の完成によって心の妨げを無として、恐怖も無とする事が出来る。
 全ての顛倒や幻想を厭離する事が出来て、涅槃を極めるのである。

 智慧の完成によって無上にして正しい悟りを得るのである。
 故に智慧の完成が一切の苦を除く、真実にして虚しくない偉大な呪文と知るのじゃ。
 
 故に智慧の完成の呪文も記すのである。
 羯帝羯帝波羅羯帝波羅僧羯帝菩提僧莎訶


 以上のように心身の各要素に、空であるとか無であると観想するのじゃ。
 この空の法が難しいのは、人の特性として空とはどのようなものであるかとか、このようなものではないかと、観念として言葉やイメージで捉えようとするからなのじゃ。
 そのように言葉やイメージによって捉えられず、認識できない状態こそが空なのじゃ。

 もし誰かが空とはこのようなものであると知ったというならば、それは空ではないのじゃ。
 知る事の無いものが空なのじゃ。
 知る事が無く、認識する事も無い、分別の停止した状態を頭の中に実現し、それを心身の各要素に当てはめるのが、智慧の完成と呼ばれる法の正しい使い方と言えるのじゃ。

 何度も何度も繰り返し唱えたり、観想したりすることで空の法は効果を表わすじゃろう。
 心身の認識が無くなり、自然に無我に入るのじゃ。
 更にそれを認識するものさえ空であると想えば悟りも訪れるのじゃ。


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悟りを得るための修行法Ⅴ空の法 | 21:31:55 | Trackback(0) | Comments(2)
縁起による空の法
 龍樹などの提唱する縁起と組み合わせた空の法じゃ。
 肉体は食べ物や飲み物などによって存在し、それらが無ければ無くなってしまう。 体は食べ物などの縁によって起こり、縁が無くなれば消えてしまうものじゃ。
 縁に依って起こるものであるから、そこに実体は無く、本性も無い、空なるものであると見なす。

 心も感覚は感覚の対象を縁として起こり、実体が無く、本性も無く、空であり、幻のようなものであると見なす。
 以下、感情と感情の対象、思考と思考の対象、分別と分別の対象、認識と認識の対象について、それらが縁によって起こり、実体が無く、本性も無く、空であり幻のようなものとして観るのじゃ。

 このように心と体に対して、縁によって起こり、実態が無く、本性も無く、空であり幻のようなものと見なすのが、縁起による空の法である。
 これは仏教の縁起を深く信じ、縁起を良く学んだ者にとって、有効なる修行法と言えるだろう。
 しかし、これは縁起と空について、深く知らねばならぬ故に、初学者にとっては少し難しいものがあるかもしれぬ。


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悟りを得るための修行法Ⅴ空の法 | 21:04:39 | Trackback(0) | Comments(0)
解体による空の法
 次は解体による空の法じゃ。
 例えば車はタイヤ、車体、エンジン、ハンドルなどで出来ておる。
 それらの一つ一つが車ではなく、それらの他に車がある訳でもない。
 車と言う物の本質はどこにも無く、本性も無く空である。

 同じように自らの肉体も、手が自分ではなく、足が自分ではなく、頭や腹、胸、腰などの一つ一つが自分ではなく、本性や本質が無く、しかもそれらを離れて自分は無い空なるものと観る。
 心も感覚、感情、思考、分別、認識などの一つ一つが自分ではなく、本性や本質が無く、しかもそれらを離れて自分は無い空なるものと観る。

 このように自らを構成する部品の一つ一つ解体し、それらを本質が無く、本性が無い、空なるものと観じていくのが解体による空の法である。
 自分というものに執り付かれ、即物的な価値観を持っている者には、有効なる修行と言えよう。

 他の空の法でも同様であるが、これらの空の法は、集中力を以って繰り返し念じていれば、確実に作用する。
 そのように作られているのが空の法なのじゃ。
 少しやってみて何も起こらないと投げ出してしまうものには、何も起こらない。
 確たる信念を持って修行を続けるのじゃ。


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悟りを得るための修行法Ⅴ空の法 | 21:08:17 | Trackback(0) | Comments(0)
空の法 実践
 空の法には幾つか種類があるが、代表的なものをやってみるのじゃ。

 一つは般若心経にあるように、全てに無を持って観るものじゃ。
 全ては在るでも無く、無いでもない。 汚れているものでは無く、清いものでもない。増えもせず減りもしない。特徴があるのでも無く、無いのでも無い。
 このようにおよそ考えたり、言葉やイメージとして認識している全てが無であると観るのじゃ。
 疑問が浮かべば、その疑問さえも無であると観る。

 そのようにして修行すれば、空を感得するに至る。
 空を感得するとは、例えばりんごを見ても、それがりんごであるという言葉が浮かばない。
 逆にりんごという言葉を聞いても、りんごのイメージが湧かなくなる。
 そのようであれば、りんごというものの概念が壊れ、阿頼耶識の作用を止めたと言う事になる。
 それが空を感得したと言う事じゃ。

 空を感得したなら、次にはそれを自らの肉体と心に向けるのじゃ。
 肉体が空である、そして心を形成する感覚、感情、思考、分別、認識の全てが空であると観るのじゃ。
 それらのうちのいずれに自我を投射していようと、それが空であり、阿頼耶識の作用を受けつけないが故に、自我は観照され、無に消え行く。
 更に消えた自我を観る認識をも空であると観た時、阿頼耶識は観られたものとして落ちていき、完全なる悟りが得られるであろう。

 これが無による空の実践法である。


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悟りを得るための修行法Ⅴ空の法 | 21:41:20 | Trackback(0) | Comments(0)
空の法Ⅰ
 空の法を説く前に注意しておかねばならないのは、空とは概念や思想、哲学、世界観ではなく、悟りを得る為の技術であると言う事じゃ。
 多くの学者や知識人などが空の思想や哲学などと称しているが、それらはことごとく間違いであると言えよう。
 お釈迦様が空を悟ったとか、空を知ったら悟りだとか、勘違いしてはならない。

 「物事が空であるという概念を持ってはならない。概念を破壊するのが空なのだから」
 と、言う言葉は経にも論にも、何度も語られている。
 空は概念に執りつかれている者の概念を破壊して執着を無くさせ、更には自我を解体し、阿頼耶識をも止める作用がある、悟りを得る為には有効な心の技術なのじゃ。
 それによって観照を起こりやすくさせるが、それ自身が悟りなのではない。

 物事を論理的に考えすぎて、一つの概念から離れられない者には適した技術であると言えよう。

 しかし、悟りを得る為の技術の一つに過ぎない故に、無用と思う者には無用である。
 観察する事が出来る者は、そのまま観察だけで悟りを得られる。
 前述のような論理にしがみ付いている者に、有効なる技術なのじゃ。

 一口に空と言ってもいろいろな定義ややり方がある。
 お釈迦様が説いた空はそれほど複雑ではなく、幻や幻術、陽炎のようなものと観よ。と、言う位であったが、龍樹のように縁起と結びつけた者もおる。
 他にも解体により、本性が空であると観るものや、金剛経のように、空という言葉を使わず、ただ概念を破壊する論理を駆使するものもある。

 これらは全て技術であるが故に、各々が自らの経験や各自の性格によって使い分けられてきたから、種類が増えたのじゃ。
 例えば薬が用いる医者や患者の体質によって、違ってくるようなものじゃ。
 肝心なのは、効果がある事だけじゃ。

 それ故にこれから空の法を修行しようという者も、自分に合ったやり方を選択したらいいのじゃ。



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悟りを得るための修行法Ⅴ空の法 | 21:49:29 | Trackback(0) | Comments(4)

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