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鬼和尚天空

Author:鬼和尚天空
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心が主じゃ。
 最近の世間では不景気だとかで、多くの者が嘆いておるようじゃ。
 心配のあまりうつ病やノイローゼになったり、自殺したりする者もいる様子じゃ。
 景気が良いとか悪いとか、そのようなものに振り回されるのは、心を主として扱っていないからじゃ。
 心が中心であり、心を主として日を送るならば世間でどんな事が起ころうと、動じる事は無くなるじゃろう。
 どんなに困った状況でも智慧が湧き、行うべき事がわかり、それを行う事が出来る。

 例えば腹が痛い者がいて、腹の痛みを忘れるために映画を見たり、テレビを見ていたりするとしよう。
 腹の痛みを忘れるために見ている映画やテレビが困った場面になると、腹が痛い上に苦しみが重なり、混乱してどのようにすればいいか判らなくなる。
 腹が痛むのならまず、腹を良くしなければならない。

 人間も心に苦を抱えながら、それを忘れるために金や権力や名声を求めておる。
 恐怖や不安、悲しみなどを忘れようとしてそれらに執着しているのじゃ。
 そして、それらが得られないと、更に苦を抱え、混乱してどのようにしていいのか判らなくなるものじゃ。

 心に不安や恐怖、悲しみなどがあるならば、まず心を治さなくてはならんのじゃ。
 心にそれらの苦を抱えたまま、不景気だとか、社会が不安だとか、想っていれば苦はますます多くなり、混乱するばかりなのじゃ。
 人は先ず心を主として扱い、心を修める事を一番にして生活するならば、どんな不景気や不安があっても、動ずる事は無くなり、執着は減り、智慧も湧いてくる。

 その為にお釈迦様は止観の行や四諦を説かれたのじゃ。
 目覚めた者は人々が心を修め、苦を離れるのを観て喜ぶ。
 目覚めた者は心を修めた者が、不安を離れるのを観て喜ぶ。
 目覚めた者は人々が苦を滅するのを観て、宿願が果たされたと喜ぶ。

 目覚めた者の宿願とは人々を苦から逃れさせる事なのじゃ。
 それは目覚めた者が独りだけでは、果たせぬ事じゃ。
 教えを知った者が修行して、初めて達成される。
 それ故に目覚めた者は、人々が修行し、苦から逃れるのを観て喜ぶのじゃ。

 目覚めた者は人々が心を主として一番に修め、世間を不安なく楽しんで行く事を喜ぶ。
 目覚めた者は人々が心を極め、悟りを得るのを観て喜ぶ。
 この上なく喜ぶ。

 目覚めた者は修行者を祝福する。
 真摯に修行する者に幸いあれ。
 修行者の行く道に苦難が少なく、多くの幸いあれ。
 千の祝福をする。
  
 




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元気が出る説法 | 10:47:17 | Trackback(0) | Comments(2)

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