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鬼和尚天空

Author:鬼和尚天空
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妄執の消滅
 今日もダンマパダより学ぶのじゃ。
 このような言葉がある。

185 、たとえ貨幣の雨を降らすとも、欲望の満足されることはない。「快楽の味は短く

て苦痛である」としるのが賢者である。

186 、 天上の快楽にさえもこころ楽しまない。正しく覚った人(仏)の弟子は妄執の消滅

を楽しむ。

岩波書店「ブッダの真理のことば・感興のことば」中村元著より。

 良い言葉じゃ。
 欲望に執りつかれた者は、どんなに金や名声や権力があっても、決して満足はしないものじゃ。
 すでに生活には困らないほどの金があっても、さらに金を求めて不正なことまでする者もおる。
 そして、目的のものが手に入ったとしても、実には満足も出来ないものなのじゃ。

 多くの世間では成功されたと言われる者達も、それで満足したとか、心が満たされたとか言う者は居ない。
 わずかに貧困の不安を逃れ、目的を達成したのはいいが、これからどうしていいか判らない者ばかりじゃ。
 人によっては酒や薬などにおぼれ、ついには身を滅ぼす者も居る。

 何故そのような事になるのかと言えば、人は実は欲する物を追いかけているのではなく、不安や恐怖、苦などから追われているからなのじゃ。
 それらから追われ、少しの間、忘れるために欲する物を作り上げているのじゃ。
 それ故に目的を達成しても満足せず、次々にまた欲望が現れたり、酒や薬などに頼ってしまうのじゃ。
 貨幣の雨がふっても、心の中の不安は消えないものじゃ。
 しかし、そのような不安や恐怖、苦などが観察によって消えれば、それらに依存していた妄執も消え、本当の安らぎと満足が得られるのじゃ。

 例えば誰かが草原で、でかい虎などに追いかけられていたとしよう。
 トラから逃げるために、人はもっと良い靴が欲しいとか、車が欲しいとか思うじゃろう。
 車が手に入れば、もっと頑丈な車が欲しいとか、早い車が欲しいとか、考えるじゃろう。
 しかし、それらを手に入れても虎はやっぱり追ってくる。
 勇気を出して虎を見てみれば、実は己の影に過ぎなかったと知る。
 そしてもう安心して、車も何もいらなくなる。

 これと同じように人は不安や恐怖、苦に追われて、金や権力や名声を欲しがる。
 それらがあれば不安や恐怖、苦などが癒されると信じておる。
 しかし、それらを得ても依然として不安や恐怖、苦などは追ってくる。
 それ故に満足する事が無く、次々に欲しい物を作り出し、別の逃避を作り出す。

 しかし、ここにある者が自らの心を観て、不安や恐怖、苦などが己の心に在ると知り、それを滅する事が出来れば、自然にそれらの妄執も滅して行くのが判るじゃろう。
 それら恐るべきものが、実は己の心の中に在るものであり、それを滅する事が出来ると判れば、妄執もまた消せるものと知るじゃろう。
 無理に満足するのではなく、己の心から苦が無くなる事で、妄執は消え去り、自然に満足する。
 それが真の足るを知る事と言えるじゃろう。

 そのように妄執の消滅によって、二つの楽しみがある。
 一つは苦が滅した事であり、もう一つは妄執が滅した事で、欲するものが得られないという苦も滅する事じゃ。
 もはや欲する物を、無理に追いかけなくて良い、とする安心は真に深いものじゃ。
 それこそ本当の満足するという事だと気づくじゃろう。

 真に修行の道には楽しみが多いものじゃ。
 不安や恐怖、苦に追われ、欲しい物を得られず苦しみ、さらにそれを得ても満足できず、次々に欲しい物を作り出す人の心より、そのように苦を滅して安心し、満足する修行者の心は遠くかけ離れて行くものじゃ。
 みんなもそのように貨幣の雨でも満たされない妄執を捨て、真の楽しみの多い道を進むのじゃ。
 





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テーマ:こころ - ジャンル:心と身体

ダンマパダ(法句経)解説 | 11:44:06 | Trackback(0) | Comments(6)

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