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鬼和尚天空

Author:鬼和尚天空
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劣等感
今、多くの者が苦しめられている劣等感と言うものがあるのう。
背が低いとか、鼻が低いとか、学歴が低いとか、あるいは特に理由も無く他人よりも劣っていると、思い込んで苦しんでおる。
 そのような劣等感も実は心の作用であり、心の中にあるものであり、観察によって滅する事が出来るのじゃ。

人は自分は背が低いとか、鼻が低いとか、学歴が低いとか、そのような事で悩むが、実は背が高い者は背が高いことに悩み、鼻が高いものはそれに悩み、学歴が高い者もそれについて悩んだりしているのじゃ。

 日本の美容整形では低い鼻を高くしてくれという客が来るが、西洋の美容外科には高い鼻を低くしてくれという者が来たりするという。
 背が高い者も、低く見られるようにわざと、わざわざ肩を落としてあるいたりするという。

このように背が低かったり、鼻が低かったりするのも、相対的なことであり、それが他人と比べて、絶対に劣っているという訳でもない。
ただ人の心の中にのみ、自らの外見や条件を以って、他人よりも劣っていると言う観念があるのじゃ。

劣等感が心の中にあると、他人の言葉が全て自分を批判するように思えたり、自分の観念に固執して離れられず、真実が見えなくなったりするものじゃ。
それも己の弱さを隠そうと防御する反応から来るものじゃ。

そして自らを弱いと思う事も認めず、強く見せかけるために、他人への攻撃をえんえんと繰り返したりする。
実際は弱いと言う感覚さえも、謬見ではあるが。
偽りでしかない弱さを隠すために観念にしがみつき、観念を守るためにさらに攻撃を繰り返す。

このように心に劣等感があれば、攻撃的になり、自らの心の中を観察するのが困難になり、誤った観念に囚われ、真実を追究するのも、修行するのも困難になってしまうものじゃ。

弱さを隠すために行動し、今まで生きてきた人間が、己の弱さをあらわにする心の観察をするには、よほどの決意と努力が必要になるじゃろう。
しかし、一度、それを決意して自らの弱さを認め、それをあらわにしようとすれば、もはや劣等感もやがて滅する。

自らを劣っているとする思いがどこから来るのか、過去の記憶からか、他人の言葉からか、あるいは何らかの体験から来るのか、先ずは原因を見つけ出すのじゃ。

そして、その原因から自らを劣っていると言う思いが起こり、自らが劣っていると言う思いから、弱さを隠す防御反応が起こると、観察するのじゃ。

その原因が無ければ、自らを劣っていると言う思いが無くなり、自らが劣っていると言う思いが無ければ、弱が無く、防御反応も起こらないと観察する。

そのように順逆に正しく観察すれば、劣等感が消え去る。

それが無くなった時、劣等感は心の中にのみあり、外見などは関係が無かったと、気づく事が出来るじゃろう。



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テーマ:こころ - ジャンル:心と身体

苦滅の道実修 | 20:22:48 | Trackback(0) | Comments(10)

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