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鬼和尚天空

Author:鬼和尚天空
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苦を滅する法を実践するのじゃ。
 久しぶりにダンマパダから学ぶのじゃ。

273 、 もろもろの道のうちでは<八つの部分よりなる正しい道>が最もすぐれている。
もろもろの真理のうちでは<四つの句>(四諦)がもっともすぐれている。
もろもろの徳のうちでは<情欲を離れること>が最もすぐれている。
人々のうちで<眼ある人>(ブッダ)が最もすぐれている。

274 、これこそ道である。
見るはたらきを清めるためには、この他に道は無い。
汝らはこの道を実践せよ。
 これこそ悪魔を迷わして(打ちひしぐ)ものである。

275 、 汝らがこの道を行くならば、苦しみをなくすことができるであろう。
 (棘が肉に刺さったので)矢を抜いて癒す方法を知って、わたくしは汝らにこの道を説いたのだ。

276 、汝らは(みずから)つとめよ。
 もろもろの如来(修行を完成した人)は(ただ)教えを説くだけである。
 心をおさめて、この道を歩む者どもは、悪魔の束縛から脱れるであろう。

             (岩波文庫 ブッダの真理の言葉 中村元訳より抜粋)

 この四つの句の中にはお釈迦様の教えがどのようなものなのか、良く語られておる。
 始めに人が行くべき道としての八正道が説かれ、
 観察の目標としての四諦が説かれ、
 執着の原因となる情欲を離れる事が説かれておる。

 そして、次の句ではそれらが見ること、観察を清めるためのものであると説かれておる。
 
 更にそれは苦しむ民衆のために説かれた方法であると宣言しておる。
 その方法も如来はただ説くだけであり、人が自ら修行しなければならないと言われる。

 このように説かれている通り、四諦八正道などは人が実践すべき法であり、観察の為の方法なのじゃ。
 苦に悩む人々はそれを自ら実践する事で、苦を滅する事が出来る。

 そのように心を観察し、究明する事が観察力を養い、心の働きに気づく力となるのじゃ。
 苦が原因から生じ、原因が無ければ消えると観察する筋道が、自我をも観察する手立てとなる。
 自我もまた縁によって起こるものでしかない故にのう。

 それが如来によって説かれたのは、人々の苦を抜くためであるのじゃ。
 苦を滅するための四諦八正道によって、人を悩ます苦が滅し、観察力を養い、観察の為の筋道がわかるのじゃ。

 そのように優れた方法も人が自ら実践しなければならないものじゃ。
 実践しなければお釈迦様と言えども、他人の苦を滅する事など出来ないのじゃ。
 例えば誰かを連れてきて無理やり座らせたとしても、その間中瞑想をせずに金勘定をしている事も出来るじゃろう。
 このように誰も他人に苦を滅する事を強制は出来ず、自らの意志によって行うべきものなのじゃ。

 選択は常に法を知る者に任されているのじゃ。
 賢い者は苦を滅する事が出来ると知った法を、無駄にする事無く修行に励むのじゃ。
 


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ダンマパダ(法句経)解説 | 20:36:12 | Trackback(0) | Comments(18)

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