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鬼和尚天空

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苦を滅する法のまとめ
  お釈迦様の教えられた苦を滅する法を、出来るだけ優しく解説するのじゃ。
 先ずは全ての法の基本となる止観の法を修行しなければならん。
 止観の法も実は難しくは無いのじゃ。

 要するに心を落ち着かせて、心を観察する方法と言うだけなのじゃ。
 心にある苦を観察するのに、一々苦しんだり悲しんだりしていては、観察が出来ないから、心を落ち着けて観察し易くするのが、止の行なのじゃ。
 数息観などの心を集中させて、雑念に悩まされないようになり、心が落ち着いて観察できるようになれば、止の行は完成なのじゃ。 

 詳しくは数息観のやり方の記事を見るのじゃ。
 そして観察の基本観察の本行も参考にすると良いのじゃ。

 心を観察するには何よりも、自分に正直であらねばならないのじゃ。
 自分の心に嘘をついていれば、何時までも本当の心の観察は出来ないものじゃ。
 特に苦や苦の原因を観察しようとする時、本当は苦しいのに自分は苦しんでいないとか、本当の原因を避けていては、苦も滅する事が無いじゃろう。

 苦を滅する修行は誰かに見せる為のものではない故に、自分には自分の心の全てを正直に見せるのが肝心なのじゃ。

 心を落ち着かせたら、先ずは苦がどのようなものであるか、観察しなければ成らないのじゃ。
 基本の手を観察する時のように、出来るだけ客観的に自分の苦がどのようなものであるか観察するのじゃ。

 仏教では苦を愛別離苦とか怨憎会苦などと色々に分類しているが、それらはあくまで参考にすべきものであり、人は各々が自分の苦がどのようなものであるか、観察して見出さなければならないのじゃ。

 苦がどのようなものであるか判ったら、次は苦の原因を追求するのじゃ。
 それも観察によって、何が原因なのか自ら見出さなければならないのじゃ。

 同じような苦でも原因は一人一人違っていたりするものじゃ。
 例えば愛する者と別れた愛別離苦であっても、ある者は執着が原因で苦しみ、別の者はプライドが傷ついたのが原因で苦しむという事もあるじゃろう。

 そのような原因を自ら観察して、見出さなければならんのじゃ。

 苦を滅する法に於いて一番大事なのは、この原因を探す事なのじゃ。
 本当の原因さえ判れば、後は観想し観察するだけで苦は必ず滅するのじゃ。
 人によっては原因が判っただけで、苦が滅する事もあるのじゃ。

 それ故に苦の原因を探す事に、最も注意しなければならないのじゃ。

 苦の原因は人が心の中で最も避けていた事や、観ないでいようとしていた事である事もある。
 一番辛い記憶がやはり苦の原因になっていたりするものじゃ。

 原因が判らない時には苦を観察しながら、様々な原因を思い浮かべ今の苦が最も強くなるものが原因と理解できるじゃろう。
 又一つの苦が複数の原因より起こる事もある。
 そのような時には一つ一つの原因について、次の縁起による苦の観察を行うが良いのじゃ。
 
 苦の原因を思い浮かべ、苦が起こる事を観察する。
 その苦の原因が無いとイメージして、苦も消える事を観察するのじゃ。

 このように順逆に観察する事で、苦は自己同一化を離れ、滅していくのじゃ。
 もし滅しないのであれば、それは原因が間違っているか、あるいは複数の原因がある可能性があるのじゃ。

 そのような時にはさらに原因を探し、一つ一つの原因に対して、順逆に観察して行くのじゃ。
 そうすれば苦は必ず滅していくじゃろう。


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テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

苦滅の道実修 | 21:42:41 | Trackback(0) | Comments(22)

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