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鬼和尚天空

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暴力によって生きものを害せぬようにするのじゃ。
 お釈迦様はこのように言っておる。

 129、すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。已が身をひきくらぺて、殺してはならぬ。殺させてはならぬ。

130、すべての者は暴力におびえ、すべての(生きもの)にとって生命は愛しい。已が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺させてはならぬ。

131、生きとし生ける者は幸せをもとめている。もしも暴力によって生きものを害するならば、その人は自分の幸せをもとめていても、死後には幸せが得られない。

132、生きとし生ける者は幸せをもとめている。もしも暴力によって生きものを害しないならば、その人は自分の幸せをもとめているが、死後には幸せが得られる。

 これこそ不変の真理と言うべき言葉なのじゃ。

 暴力によって衆生を害する事は常に悪であり、非難されるべき事なのじゃ。
 暴力によって衆生を害しない事は常に善い事であり、称えられるべき事なのじゃ。

 しかし、何人かの世の者はこの真理を知らず、互いに害しあっているのじゃ。
 カルトとか過激派とか暴力によって人々を支配しようとする者達はいつでも居るじ'
ろう。

 そのような者達は様々な理屈を述べて暴力を正当化し、人を騙そうともしてくるじゃろう。
 洗脳された者はそれが自らを苦しめる道である事さえ知らないのじゃ。
 

 これから暴力的なカルトとか過激思想の団体などが、身近に現れるかも知れん。
 賢い者はこの真理の言葉を知り、悪しき行いと善き行いを見分け、騙されないようにするのじゃ。


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ダンマパダ(法句経)解説 | 21:14:15 | Trackback(0) | Comments(14)
自分を頼るのじゃ。
  お釈迦様はこのように言っておる。

 379 、みずから自分を励ませ。みずから自分を反省せよ。
 修行僧よ。自己を護り、正しい念いをたもてば、汝は安楽に住するであろう。

 380 、実に自己は自分の主(あるじ)である。
 自己は自分の帰趨(よるべ)である。
  故に自分をととのえよ。商人が良い馬を調教するように。

 本来、修行とは自分が自分のためにやるものじゃ。
 安楽になるために、死を超えるために、自ら行い、他人に対して何も言うべきではないのじゃ。
 故に自分で自分を励まし、自分で自分を反省せよとお釈迦様は言うのじゃ。

 修行すればその結果は自らの心に返ってくるじゃろう。
 人によって気づきがあったり、サマーディに達したり、或いは真の悟りに達する事もあるじゃろう。
 それは他人に分ける事は出来ず、自分一人にしか齎されないものじゃ。

 ここで自分と言われるのは、肉体や感覚や思考等なのじゃ。
 それらは人によっては頼りなく、それを主とするより、頼りがいのある他人や社会や金や権力や神などを頼りにしたくなるものじゃ。
 しかし、そのようなものは存在しない観念であったり、虚偽によるものであったり、この世から移り変わり消えてしまったりするじゃろう。

 そのようなものより、修行によって整えられた自らの体や感覚や思考が、主として頼れるものになるのじゃ。
 止観を修行すれば心は不動になり、苦を滅して安楽になるじゃろう。
 そのように修行によって整えられた心身は、生きている限り主として役に立つものじゃ。

 自分で行い、自分に結果が返る修行が、この世で人が得られる唯一のものともいえるじゃろう。
 金も権力も名声も死によって消えてしまうが、修行によって得た境地は、空しくはならないものじゃ。
 自分の主である自分を、修行によって整えれば、堅固なより所になり、永遠の安楽が得られるのじゃ。
 お釈迦様の言葉を読んで更に精進するのじゃ。


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ダンマパダ(法句経)解説 | 20:02:06 | Trackback(0) | Comments(10)

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