■プロフィール

鬼和尚天空

Author:鬼和尚天空
FC2ブログへようこそ!

■最近の記事
■最近のコメント
■最近のトラックバック
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■FC2カウンター

■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
■ブロとも申請フォーム
不安も迷いも道標なのじゃ。
 修行中の者は、道の途中ではどうしても不安や迷いが起こるものじゃ。
 悟りを得ると自我が無くなると言うが、それで大丈夫なのかとか。
 自己防衛がなくなるのではないかとか。

 或いは自分の道は正しいのかとか。
 社会に貢献しないで良いのかとか。

 さまざまな悩みや不安は尽きないものじゃ。
 そのような不安や悩みも自ら滅しようと想えば滅する事が出来るじゃろう。

 悟りへの道を行く意志が堅固であれば、不安や悩みを滅しようとする意志も働く。
 意志が堅固でなければ、不安や悩みも増大するじゃろう。

 自らの本心を常に確かめ、悟りへの意志を堅くする事が一番大事なのじゃ。
 そして不安や悩みがあれば、滅しようとする意志を起こすのじゃ。

 自我を無くす不安はそれが投射される観念である事を知り、観察出来れば消えるじゃろう。
 観念には自己防衛は無く、むしろ自我が無い時に肉体の防衛機能は良く働く事もわかるじゃろう。

 正しい道を行っていると確信すれば、自らの道に対する不安や迷いも消えるじゃろう。
 そのような確信は今まで培ってきた心の状態によって起こるじゃろう。

 修行によって心が整えられ、苦が無くなり、世界が変わる状態を経験したならば、自らの道に間違いが無い事が判るじゃろう。
 世間において人々が執着から起こる苦に悩み、その苦にもしがみついて生きるしかないのを観察すれば、自ら道を行ける事の幸運に気付くじゃろう。

 元々修行も何もしなければ苦を越える事も知らず、不死の境地も知らないまま死ぬしかないものじゃ。
 心が鎮まり、苦を滅した安楽を得ただけでも幸運といえるのじゃ。

 不安や迷いも不死の境地を目指すゆえに起こるものじゃ。
 それは悟りへの道標ともいえるのじゃ。
  
 そのように不安や迷いがある修行者は、自らの心と世間を観察し、不安や迷いも道標として進むのじゃ。


スポンサーサイト
未分類 | 12:44:31 | Trackback(0) | Comments(4)

FC2Ad