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鬼和尚天空

Author:鬼和尚天空
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自我を滅する
 悟りを得るには先ず自我を滅しなければならんのじゃ。
 人によっては何故そのような事をしなければならないのかとか、そんな事は出来ないとか思うものも居るじゃろう。

 自我があっても特に支障は無く、楽しく生活しているとか、自我が自分を守ってるなどとも思っているじゃろう。
 或いは自我が無ければ何も出来ないとか、むしろ滅するべきではないなどとも思っているかもしれん。

 例えば誰かが川を渡るのに泥の船を創っているとしよう。
 その舟が自分を守ってくれるとか、どこかに行くのに必要とか自分のものと思うじゃろう。

 それを水の上に浮かべて乗り込むと、泥の船は次第に溶けていき、水が入ってくるじゃろう。
 しまいには無くなってしまうが、その舟に乗っている者が、これは自分のものであり、棄てる事は出来ないとか思って居れば一緒に沈んでしまうじゃろう。

 自我も同じようなものじゃ。
 それが自分を守るとか、生きるのに必要とか自分であるとか思っていても、やがては消えていくしかないものなのじゃ。
 
 何故ならばそれは言葉とイメージによる観念であり、それが肉体や感情や思考や記憶などに投射されているだけであるからなのじゃ。
 その認識は消え去り、肉体や心の働きも消えていく。

 消えて行くものを自分であり、自分のものであると思っていれば消滅する苦が起こるのじゃ。
 肉体や思考や感情や記憶に投射される自我を自分と思うのは、自分ではない消え去るものを自分と思い、自分のものと認識しているだけなのじゃ。
 
 誤って自分であると認識された観念とそれが投射された身心による自我があるかぎり、苦は在り続けるのじゃ。
 誤って認識されているものを正す事が、自我を滅する事になるのじゃ。

 本来誤って認識されていたものを正すだけであるから、実は何も滅したり失ったりする事も無いのじゃ。
 そのような真実を知って修行者は、自我を離れるために修行し続けるがよいのじゃ。


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悟りの真実 | 21:39:09 | Trackback(0) | Comments(25)

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