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鬼和尚天空

Author:鬼和尚天空
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自分の経てきた道を振り返るのじゃ。
  自我を観察する一つの手がかりとして、今まで自分が経験してきた事を思い出すと言う方法もあるのじゃ。
 所謂、自分史を作ってみるのじゃ。

 自分自身の経験してきた歴史を、可能な限り客観的に思い出して観察するのじゃ。
 人の自我イメージは経験によっても構築されているから、それが自我を見る手がかりと成るのじゃ。

 例えば犬にかまれて嫌いになったと言う経験があれば、かつて犬にかまれた所為で犬嫌いになった自分と言うイメージが出来るじゃろう。
 そのように小さな事でも、自分のイメージは変わるものじゃ。

 そうした今までの多くの経験が重ねられて、自分のイメージが構築されるのじゃ。
 更にそのような固有の経験を積んだ固有の自己という観念も起こるのじゃ。
 
 今までの経験を持ち、さまざまな条件付けを持ち運ぶ観念が自我なのじゃ。
 それらには安全のためのものもある故に、自我がなくなるとそれもなくなるのではないかと、不安になるのじゃ。

 実際にはそれは自我が持っているのではなく、記憶によるものでしかないのであるがのう。
 記憶による認識を持つ人間は、記憶による条件付けの回路に、自分と言うイメージを投射してしまうのじゃ。

 それら条件付けとイメージの両方ともが記憶に依存しているのじゃ。
 それ故に自分が経てきた道や、経験を思い出し、さまざまな経験による条件づけと、経験によるイメージを観察することが 、自我を観察することに役立つのじゃ。

 あまりに多くて混乱するならば、メモやノートなどに書くのも役に立つじゃろう。
詳細に観察すれば、大きな成果が現れるじゃろう。

 直ぐに悟りは得られなくとも、自分の今の条件付けや習慣がどこから来ているのか気付く事が出来るのじゃ。
 そして今はもう不要となった無意味な囚われからも解放されるのじゃ。

 自分を知り、心を整える事にもなるじゃろう。
 良く吟味して実践してみると良いのじゃ。


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悟りを得るための修行法 | 21:20:19 | Trackback(0) | Comments(4)

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