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鬼和尚天空

Author:鬼和尚天空
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言葉とイメージの二重構造に気づくのじゃ。
  人が持つ自分の言葉とイメージには、自らの予定する行動も入っているものじゃ。
 良い言葉とイメージを持つ者には、良い行動をするという予定があり、悪い言葉とイメージを持つ者には、悪い予定の行動が入っているのじゃ。
 そのために人は福楽を願いながらも、自分を苦しめたりするのじゃ。

 例えば駄目な人間と親や周りの者に言われて、そのような言葉とイメージを受け入れてしまった者は、その言葉とイメージ通りに行動しようとするじゃろう。
 仕事とか勉強でも何をしても駄目になるとか、少しうまく行っても自分から駄目にしてしまうのじゃ。

 まれに成功したとしても自分で事件や事故を起こして、やはり駄目だったと自分の言葉とイメージを正当化してしまうのじゃ。
 そのような者は世間によくいるのじゃ。

 商売で成功しても法律違反をして刑務所に入ってしまう者とか、博士になったのにちかんなどをして逮捕される者とか幾らでもいるのじゃ。
 そのような者達も自分の言葉とイメージが、悪かったからなのじゃ。
 そのために言葉とイメージの通りに行動し、成功を失敗に変えてしまったのじゃ。

 そのような言葉やイメージも自ら受け入れているのであるから、自ら滅する事も出来るのじゃ。
 日頃から自分の心を観察し、自分が受け入れている言葉とイメージを良く知っていれば、そのような事も避けられるのじゃ。

 お釈迦様も心を浄めるのじゃ、とか、心を整えるのじゃ、と言っているのじゃ。
 心は観念によって働くものであり、観念は言葉とイメージで成り立っているのじゃ。
 観察によってそれは滅する事も出来るのじゃ。

 しかし、大抵の者は自分に悪い言葉とイメージを持っていても、それを自分で見ないようにしているものじゃ。
 自分から自分の言葉とイメージを隠し、無理に良い言葉とイメージを作るのじゃ。
 例えば意味も無く知識を蓄えて自慢したり、自分だけが他人の知らないことを知っているとか妄想したりするのじゃ。

 そのような二重構造の謬見で自らを苦しめているのじゃ。
 最初の自分が駄目な人間とかの言葉とイメージも、実際は謬見でしかないのじゃ。
 自ら受け入れなければ苦になる事も無いのじゃ。

 そのような者達は、自らの限界を知る者よりより大きな混乱があり、心を隠す習慣の為にそのような苦を滅する行も受け入れがたいものじゃ。

 先ずは自らの心にある劣等感や卑小感を認め、そのために過大な言葉やイメージを作り上げていたと、認めるが良いのじゃ。
 劣等感等も本当は観念妄想に過ぎないと、気づけばもはや自ら知識を自慢する事も無いのじゃ。
 
 集中と観察によって少しずつでも自らの心が観られれば、大きな混乱も収まってくるのじゃ。
 そのように修行者は真摯に心を見つめて励むのじゃ。


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元気が出る説法 | 20:50:59 | Trackback(0) | Comments(12)

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