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鬼和尚天空

Author:鬼和尚天空
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三毒は自分の心の内にあるのじゃ。
 三毒とは修行の妨げになる煩悩の事なのじゃ。
 三つの障害があるから三毒なのじゃ。

 一つは欲に駆られて貪る事なのじゃ。
 二つ目は瞋恚、怒りなのじゃ。
 三つ目は愚痴、愚かさなのじゃ。

 この三つは修行者を悩ませ、煩わせて修行の妨げになるから出来る限り取り除かなければならないのじゃ。
 それは本来自分の心の中にあるものであり、他人や社会に見ても無意味なのじゃ。
 自らの内の三毒は修行によって滅する事が出来るものじゃ。
 しかし、他人や社会にある貪欲や瞋恚や愚痴は滅せないものじゃ。 

 何故ならば他人や社会は年毎に多く生まれ、変わっていくものであるからなのじゃ。
 次々に生まれ、変化していく人の集まりである社会は、三毒が無くなる事は無いのじゃ。
 そうであるから社会の貪欲や瞋恚や愚痴を指摘したり、治そうとしても無意味なのじゃ。
 
 しかし、自分自身の三毒は自分の意志によって滅する事の出来るものであるから、それを先ず滅するべきなのじゃ。
 
 生きるために必要なもの以上に求める心が貪欲なのじゃ。
 貪欲はその原因を自らの心の中に追い求めれば、必ず滅するじゃろう。
 不安や恐れなどの原因があれば、逃避の為に何ものかを求めようとする貪欲も起こるのじゃ。
 その原因から起こる貪欲が観察できれば、厭離も起こるのじゃ。
 
 怒りも原因がわかれば滅するじゃろう。
 自分が傷ついたとか、何かを失ったという観念があれば、怒りは起こるじゃろう。
 観念によって起こる怒りが観察されれば、怒りもなくなるのじゃ。

 それらの自らの心の中に起こる働きを、観られない事が愚かさなのじゃ。
 日々、自らの心を真摯に観察し続ければ、そのような愚かさも無くなり、明知を得られるのじゃ。
 自らの心を開かすことが真の明知なのじゃ。
 要らない知識がどれほどあっても、自分自身について知らなければ愚かさは去らないのじゃ。
 自分の心について気づく事が多くなれば、愚かさも滅したといえるのじゃ。

 そのように自らの心の中に三毒を滅すれば、人は安楽になり、喜びと安らぎに満たされるのじゃ。
 そうであるから修行者は世間に三毒を観ず、自らの内に観察の目を向けて三毒を滅ぼしていくのじゃ。


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悟りを得るための修行法 | 15:28:20 | Trackback(0) | Comments(6)

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