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鬼和尚天空

Author:鬼和尚天空
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怒りを制するのじゃ。
  怒りは修行を妨げる煩悩の三毒のうちの一つであり、なかなか制御しがたいものじゃ。
 人は時に怒りの為に理性を失い、犯罪まで行う事すらある。
 そのような怒りを制する事は、大事な修行の一つなのじゃ。

 怒りは本来自己防衛本能の一つなのじゃ。
 それは自分の命が脅かされる時にのみ、発揮される筈の働きなのじゃ。
 既に野生の生活を脱した人間には、滅多に発揮されるはずが無いものなのじゃ。

 それが何度も頻繁に発揮されれば、体にも悪い影響が出るのじゃ。
 健康を害し、精神もおかしくなったりするのじゃ。

 そのような怒りが、人によって平常時でも何度も起こるのは、自己イメージと名前が脅かされると思うからなのじゃ。
 自己イメージと名前を自分と同じと認識していると、それが脅かされる時に、自分の命も危ないと認識してしまうのじゃ。
 それによって心の中に怒りが湧き起こるのじゃ。

 例えば自分の悪口を言われた時、徳にそれで命が脅かされるものではない。
 しかし、自分の名前とイメージが、それによって傷つくと認識するから、怒りによって守ろうとするのじゃ。
 
 その他、思想や信条や主義主張なども、自己同一化されていると、それらが他人によって貶された時などに、怒りによって守ろうとするのじゃ。
 そのように本来、自分ではないものを自分と同一と認識し、それらが脅かされると怒りは起こるのじゃ。

 そのような怒りも、正しく観察されれば、心の中で収まり、鎮められて行くのじゃ。
 例えば猛獣も飼いならされて餌をやり、可愛がればなついてくるようなものじゃ。

 怒りも適切に扱えばコントロールできるものじゃ。
 先ずは何が原因で怒りが起こるのか、観察によって見極めるのじゃ。
 自分のイメージや名前が傷つくと思うから起こるのか、自分と同一と思っている主義主張等が傷つくと思うから起こるのか、良く観察して確かめるのじゃ。
 そしてそれらの謬見が無い時、怒りも起こらないと観察するのじゃ。

 そうすればどのような怒りも消えていくじゃろう。
 そして一度、怒りを滅する経験が出来たならば、どのような怒りも同じように滅する事が出来るようになるじゃろう。
 そのように修行者は日々、怒りを滅する修行に励み、怒り無き者になるのじゃ。
 


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悟りを得るための修行法 | 10:23:37 | Trackback(0) | Comments(24)

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