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鬼和尚天空

Author:鬼和尚天空
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智恵の使い方
  悟りを得れば各種の智恵は自ずから生じ、自在に使えて極まる所も知らないようになるものじゃ。
 しかし、悟りを得なくとも、智恵は本来人の心の中にあり、使おうとすれば使えるものじゃ。
 その智恵は悟りを得た者のように極まりないものではないが、限界があっても使い方を学べば人の助けになるじゃろう。

 その前に知識と智恵の違いを知らなければならんのじゃ。
 知識とは一切のものごとに対して人が持つ観念なのじゃ。
 観念は記憶によるものであり、間違いもあったりするのじゃ。
 なるべく正確な知識を持つために、日頃から観察や実験を繰り返さなければならんのじゃ。

 智恵とは必要な時と場において知識を活用するものであり、又観察によって今ここにあるものごとの真実を明らかにするものじゃ。
 例えば山に行く時は山の知識を出し、海に行く時には海の知識を出すものじゃ。
 そして観察により知識の誤りも訂正することが出来るのじゃ。

 自己の観念を離れた智恵を平等性智と呼ぶのじゃ。
 自分の贔屓目とか恐れや不安を離れている故に、ものごとを正確に判定することが出来るのじゃ。
 その智恵は普通の者にも使えるのじゃ。

 自分の観念が薄くなる寝入る前とか、睡眠から起きた直後などにはこの智恵も働きやすいのじゃ。
 大事な問題等はこのような時に考えれば、利害を離れた判断も正確に出来るのじゃ。

 或いは一度問題を全て考え抜いた後に、わざと忘れるようにするのじゃ。
 そうすれば智恵が自分という観念のない所で働き、自然によい答えが出るのじゃ。
 まだ正確な答えが出ないうちに思い出しそうになっても、忘れるようにするのじゃ。
 そうすれば十分に正確な答えが沸いてくるじゃろう。

 悟っていなければ自分を離れた智恵にはなかなか到達し難いが、それでも工夫すれば使うことは出来るのじゃ。


 更には観察智というものもあるのじゃ。
 今ここにあるものごとを観察して理解する智恵なのじゃ。
 止観を十分に練習していれば、既に観察による智恵は身についているのじゃ。  
 日頃から見慣れているものには観察もつい習慣的になって重要なものを見落とし易いものじゃ。
 
 今ここにあるものを始めて見たような心がけで、十分に観察すれば答えは自然にわかるのじゃ。
 特にいつもは見過ごしてしまうような小さなことや気にかかったことなどを深く観察することで、正確な答えに辿り着くことも多いのじゃ。
 気になることはそれ自体が心によって導かれる正答であるからこそ、目を引くのであるからのう。
  
 そのような智恵の使い方を知れば、悟りを得なくとも十分に智恵を発揮し、自らの問題を自分で解決することも可能なのじゃ。
 問題のある者は自ら実践して確かめてみるのじゃ。
 


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悟りの真実 | 13:37:34 | Trackback(0) | Comments(4)

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