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鬼和尚天空

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心を観て苦を滅するのじゃ。 

 お釈迦様がこの世は一切皆苦と説かれたように、今も多くの者が苦しんでいるじゃろう。
 その苦にもまた多くの種類があるものじゃ。

 金が無いのに苦しむ貧窮困苦
 愛する者と会えなくなる愛別離苦
 怨み憎む者といがみあう怨憎会苦
 欲するものが得られない欲求不得苦  
 そして万人が避けられない老病死苦等と人はさまざまな苦に悩まされるものじゃ。

 それらの苦を滅するには苦を生み出す自らの心の働きを、完全に観察しなければならないのじゃ。
 心を観ることから逃避していれば苦はいつまでも起こり続けるのじゃ。

 苦とは心から起こるものであるからなのじゃ。
 貧窮困苦などは環境の要因であるから、心から起こるのではなく、心を観てもどうにもならないと想う者もあるかもしれん。
 しかし、貧窮も実際はそれを苦にする者の心からあるものなのじゃ。
 金が無いことへの不満とか、将来への不安とか、金に執着する心が苦になるのじゃ。
 それらがなければ貧窮も苦ではないのじゃ。

 そのような苦を心の中にはっきりと観て、原因からも観察する事で苦はなくなるのじゃ。
 誰かが苦を持っていてそれが完全に解消するということがあったならば、それは心の中の苦を見る事ができたからなのじゃ。
 それ以外に苦がなくなることはありえないのじゃ。

 環境が変ることで苦は一時的に感じなくなることも在るのじゃろう。
 しかし、その場合は苦をもたらした環境に戻ればまた苦が感じられるようになってしまうのじゃ。
 苦を完全に解消するには、自らの心の中にある苦をはっきりと観る必要が在るのじゃ。

 とはいえ心をどのように観察すればよいのかと、疑問に想う者もいるじゃろう。
 そのためにお釈迦様は縁起の法を説いたのじゃ。
 人の心は刺激に対して同じ反応をするように出来ているのじゃ。
 そのために同じ原因からは同じ苦が何度も起こるのじゃ。
 それを自己同一化している故に、苦は自分のものとして人を悩ませるのじゃ。

 観察して自己同一化がなくなれば、苦は自分のものではなく、悩むこともなくなるのじゃ。
 それが観察によって苦が無くなる理由なのじゃ。

 要は観察すればよいのであるから縁起の法だけでなく、さまざまな方法で苦を滅することも出来るのじゃ。
 最近の心理学でもいろいろな方法で心を観ることができるようになっているのじゃ。
 どのような方法でも人が真に苦から逃れることが出来るのは、苦を生み出す心の中をありのままに観たことによるものであると知るがよいのじゃ。
 今苦を抱えている者は自らの心をありのままに受け入れ、観察して苦を取り除くと善いのじゃ。


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苦滅の道理論 | 22:13:22 | Trackback(0) | Comments(4)