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真の幸運を招く法
 人は誰でも幸福と安楽を求めているものじゃろう。
 そのためにさまざまな行いをしているじゃろう。
 しかし、自分では幸福や安楽のためと思いながら、実は幸福や安楽をもたらさない行いをしていることもあるのじゃ。

 例えば真面目に規則を守っていれば、胡福や安楽が来ると思っていたりするのじゃ。
 そしてそのために規則を破るものを弾劾していたりするのじゃ。
 それは自らの幸福と安楽をもたらさないばかりか、破滅の道でさえあるのじゃ。

 実際に真面目に規則を守って暮らしていたのに、不幸になったと言う者も多いじゃろう。 
 それで今まで教わってきたことは嘘だったと知れるならば、それも教訓になるがのう。
 それでも真の幸福の道を知ることの出来ない者も多いじゃろう。

 そもそも真面目に規則を守ることは、社会や組織のためになるから喧伝されていることに過ぎないのじゃ。
 民衆が真面目に規則を守る者だけであれば、社会も秩序が守られると思うから為政者によって教育され、広められているのじゃ。
 それは実際には個人には幸福をもたらさず、社会のためにもならない愚かな洗脳なのじゃ。

 民衆が上から押し付けられた規則を真面目に守るだけであると、為政者のおかしな命令を誰も止められず、ナチスがユダヤ民族を虐殺したようなことも起こってしまうのじゃ。
 ナチスの者達も真面目に規則を守って虐殺を実行して行ったのじゃ。
 それは社会と民衆の全てを破壊してしまったのじゃ。
 ただひたすら真面目に規則を守るという行いは、個人も社会もいずれは破滅に導くだけの愚かな行いなのじゃ。

 規則を守るだけならば、虫にもできることじゃ。
 蟻などは社会を持ち、全て規則に従っているものじゃ。
 規則を守ることで他人に苦を与えていた者が虫に生まれかわっても何の不思議も無いものじゃ。

 昔の中国に過酷な法律を作っていた大臣がいたのじゃ。
 旅人には水をあげてもいかんとか、厳しい法で民を苦しめていたのじゃ。
 後に大臣は没落して無一文で村をさまよいあるいていたのじゃ。
 一軒の家で水を頼んだが、法律があるからと水もくれなかったのじゃ。
 大臣は飢えて死んでしまったのじゃ。
 厳しい規則を他人に課していたものが、自分もその規則で苦しんだのは当然なのじゃ。
 
 とはいえ全ての規則を破って出鱈目に生きるのがよいということもないのじゃ。
 人が行動の基準とすべき真の法がある。
 それに従えば個人は幸福と安楽がもたらされ、社会や国家も繁栄するものじゃ。
 それは一人一人の心の中にあるものじゃ。
 
 それが慈悲なのじゃ。
 慈悲の心に従って行いをすれば、人には幸運がつき従い、組織は繁栄するものなのじゃ。
 慈悲に従って全てを行う人や組織は、周りの者や組織もありがたいと思うから、周囲に支えられて繁栄するのじゃ。
 規則ばかりを押し付ける人や組織は周りも無い方が善いと思うから、衰退していくしかないのじゃ。

 本来は社会の規則も人の利益を図るものであったはずなのじゃ。
 しかし、ただ規則を守ればよいとだけ思えば、人を苦しめるものともなるのじゃ。
 お釈迦様も多くの戒律を作ったが、迦葉が年をとって戒律を厳格に守るのも苦しかろうと、少しは戒を破ってもよいとよいと勧めたのじゃ。
 
 規則に従って人の苦を増す者は、いずれ自分が苦しむ時になれば規則によって更に苦が増すことになるじゃろう。
 時には規則を破っても人の利益を図るものは、自分が苦境に陥った時に他人が規則を破ってでも助けることがあるじゃろう。
 慈悲に従って全てを行うことが、自他の繁栄を図る最も賢いやり方なのじゃ。

 人が未だ修行が足りなくて智慧が無くとも、慈悲という基準に従うことで真の繁栄の法を実践できるのじゃ。
 自らと組織の繁栄を願う者は、慈悲を自らの行いの基準として実践に励むのじゃ。
 


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運気向上法 | 11:55:08 | Trackback(0) | Comments(12)