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般若心経の実践法①
 以前に般若心経の実践法を書いたが、かなり難しいようであったようじゃ。
 これから詳しい実践法を書いていくのじゃ。
 
 基本的に般若心経の法は色受想行識の心身の観念を空と念じて、自己同一化を滅するものじゃ。
 観察とは違う法であるが、心身の自己同一化を無くすという結果は同じなのじゃ。
 観察が観念を観念と気付かせる法であるのに対し、空と観る法は観念を滅する観念によって自己同一化を無くすものといえるのじゃ。

 どちらの法が優れているということはないのじゃ。
 修行者の性質によって、法も違うのじゃ。
 自らの性質に合う法を選ぶとよいのじゃ。
 観察がどうしても難しいという者は般若心経の空の法を実践すると善いのじゃ。



 般若心経では最初は色身の空を観想するのじゃ。
 肉体を空と観るのじゃ。
 色即是空、空即是色と記されている通りに、肉体が空であると念じるのじゃ。

 それには先ずは空の感得をしなければならんのじゃ。
 前にも書いたが空を感得しなければ、全ての空の法は無意味な観念遊戯となるのじゃ。
 肉体の空を念じる法は、空の感得に最も便利な法なのじや。

 空を感得し、肉体を厭離するための最初の一歩として指一本の空を念じるのじゃ。
 任意の指一本を選び、その指が空であると強く何度も念じるのじゃ。
 人差し指ならばその人差し指が空であり、無であり、夢幻であり、陽炎のようなものであると念じるのじゃ。
 口に出して念じるのもよいのじゃ。

 指が空であり、無常であり、あるものでもなくないものですらもないと、一切の観念を否定して観想するのじゃ。
 空であるから生じることも滅することも無く、垢つかず清浄となることもなく、増すことも無く減ることも無いと観るのじゃ。
 日々繰り返し何度も念じていると、実際に指が空と感じられるようになるのじゃ。

 指が自分のものではないと感じるのじゃ。
 麻酔をかけられたようにあるのにないような感じなのじゃ。
 どこか遠くにあるような感じなのじゃ。
 そのように感じられたならば、空の感得は出来ているのじゃ。

 肉体は実在の物体であるが、人はそれを観念として自分のものであると認識しているから、空と感得すれば自分のものではないように感じるのじゃ。
 それができたならば、空の感得を全身に広げていくのじゃ。
 一本の指から他の指も空と念じ、手や腕も空と念じて行くのじゃ。
 
 腕から胸や胴体や足や頭も空と感得していくのじゃ。
 人によっては脳が全てと唯脳論を信じている者もいるじゃろう。
 そのような者は脳も空と念じるのが効果的なのじゃ。

 そのようにして全身の空が感得されたならば、肉体に強く自己同一化していた者は直ぐにでも忘我や無我の状態に入るじゃろう。
 それほどではなくとも、肉体の不安や苦は消えるじゃろう。
 恐れずにその結果を見るのじゃ。

 途中で迷ったり、空の感得が消えてしまったりしたら、指一本の空の法に戻るのじゃ。
 それから全身の空を念じるとよいのじゃ。
 後に説く心の働きを空と観る法に就いて迷った時も、指一本の空に戻るとよいのじゃ。

 これで色身の空の法は正しく説かれたのじゃ。
 その他の法は後日に書くのじゃ。

 このようにして日々実践すれば、大きな効果があるじゃろう。
 むしろ効果が大きすぎて恐れる者もいるかもしれん。
 肉体が消えてなくなるというような恐れや不安も起こるかも知れん。
 そのような不安や恐れを乗り越えて、日々実践すれば悟りも向こうからやってくるのじゃ。
 日々精進あるのみなのじゃ。


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悟りを得るための修行法Ⅴ空の法 | 11:29:46 | Trackback(0) | Comments(17)