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鬼和尚天空

Author:鬼和尚天空
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共に執着を離れるのじゃ。
  世の中の親子や兄弟や夫婦や友人や恋人関係の者達はしばしばお互いに執着し、依存し合っててしまうこともよくあるものじゃ。
 そのような関係はお互いに苦になり、時に破滅的な最後も迎えてしまうことも在るのじゃ。
 心理学では共依存というのじゃ。
 新聞にもしばしば載っている情痴のもつれからの犯罪等はそのような関係から起こる事が多いのじゃ。
 お互いに苦しんだ挙句に命の危険もあるのがお互いに執着し、依存する関係なのじゃ。

 そのような関係の始まりは孤独や寂しさからからなのじゃ。
 孤独や寂しさから他人に執着する逃避が起こるのじゃ。
 孤独や寂しさから他人に強く執着して、相手もまた孤独や寂しさから逃避しようとして執着しあえば共に依存する関係になるのじゃ。
 それは一人が執着するよりも多くの苦をもたらすのじゃ。

 お互いの依存が更に執着を高めあい、苦もまた強くなっていくのじゃ。
 執着が孤独を強め、孤独が執着を起こして悪循環になるのじゃ。
 それを愛と勘違いしたりもするのじゃ。
 お互いに相手の愛が足りないと不満を持ち、愛を求めて罵りあったりするのじゃ。
 互いに愛し合っていると錯覚しているだけで、実は憎しみ合うもの同士の行いをしているのじゃ。

 仏教用語でいえば愛別離苦を恐れ、怨憎会苦に陥っていると言えるのじゃ。
 お互いに離れてしまう別離の苦から逃避しようとして、憎しみ合う者同士が離れられない状況になっているのじゃ。
 二重の苦に陥っているのじゃ。
 
 そのような関係は互いに苦をもたらすばかりなのじゃ。
 それを滅するにはやはり観察しかないのじゃ。
 どちらかでも観察に拠って依存を離れれば、相手もまた変り、苦から離れて互いに楽になるのじゃ。
 それもまた縁起しているからなのじゃ。

 孤独や寂しさからの逃避として執着が起こり、それがまた離れる事への恐れを生んでいるとありのままに観察するのじゃ。
 他に原因があるのならば、それもまた正しく観察するのじゃ。
 原因から次々に執着が起こり、苦が増していくのを全て観るのじゃ。
 原因から末端の苦が起こるまで全てが見られればそれも消えていくのじゃ。
 そして安楽が起こるじゃろう。
 
 見に覚えの在る者は実践して確かめるのじゃ。


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苦滅の道実修 | 22:43:52 | Trackback(0) | Comments(14)