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鬼和尚天空

Author:鬼和尚天空
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不安も迷いも道標なのじゃ。
 修行中の者は、道の途中ではどうしても不安や迷いが起こるものじゃ。
 悟りを得ると自我が無くなると言うが、それで大丈夫なのかとか。
 自己防衛がなくなるのではないかとか。

 或いは自分の道は正しいのかとか。
 社会に貢献しないで良いのかとか。

 さまざまな悩みや不安は尽きないものじゃ。
 そのような不安や悩みも自ら滅しようと想えば滅する事が出来るじゃろう。

 悟りへの道を行く意志が堅固であれば、不安や悩みを滅しようとする意志も働く。
 意志が堅固でなければ、不安や悩みも増大するじゃろう。

 自らの本心を常に確かめ、悟りへの意志を堅くする事が一番大事なのじゃ。
 そして不安や悩みがあれば、滅しようとする意志を起こすのじゃ。

 自我を無くす不安はそれが投射される観念である事を知り、観察出来れば消えるじゃろう。
 観念には自己防衛は無く、むしろ自我が無い時に肉体の防衛機能は良く働く事もわかるじゃろう。

 正しい道を行っていると確信すれば、自らの道に対する不安や迷いも消えるじゃろう。
 そのような確信は今まで培ってきた心の状態によって起こるじゃろう。

 修行によって心が整えられ、苦が無くなり、世界が変わる状態を経験したならば、自らの道に間違いが無い事が判るじゃろう。
 世間において人々が執着から起こる苦に悩み、その苦にもしがみついて生きるしかないのを観察すれば、自ら道を行ける事の幸運に気付くじゃろう。

 元々修行も何もしなければ苦を越える事も知らず、不死の境地も知らないまま死ぬしかないものじゃ。
 心が鎮まり、苦を滅した安楽を得ただけでも幸運といえるのじゃ。

 不安や迷いも不死の境地を目指すゆえに起こるものじゃ。
 それは悟りへの道標ともいえるのじゃ。
  
 そのように不安や迷いがある修行者は、自らの心と世間を観察し、不安や迷いも道標として進むのじゃ。
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未分類 | 12:44:31 | Trackback(0) | Comments(4)
コメント
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014-06-20 金 18:19:12 | | [編集]
Re: タイトルなし
ななし

 まだ観察が甘いようじゃ。
 具体的な肉体や感覚の観察は容易であり、形の無い心の観察はより難しいものじゃ。
 観察に必要な心の制御も集中力が無ければ難しいのじゃ。
 何年掛かろうと焦る必要は無いのじゃ。
 常に新しい特徴や変化を探すつもりで、肉体などの観察を行うのじゃ。
 そして起こる感覚の変化などをも注意してみるのじゃ。
 精進あるのみなのじゃ。
2014-06-26 木 20:18:05 | URL | 鬼和尚天空 [編集]
おはようございます。
瞑想を静かに深くすればするほど朝起きるのに時間がかかってしまいます。体が動かないので呼吸を止めたりしながら起きるまでに一時間ほどかかってしまいます。
和尚さんは寝起きはいいんでしょうか。
2014-11-22 土 10:37:11 | URL | とおる [編集]
Re: タイトルなし
とおる

 それは本来ならば完全に寝ている状態なのじゃ。
 意識だけがあるから目覚めているのに起きるのに時間が掛かるとか思うのじゃ。
 呼吸を制御できるならば、腹式呼吸とかヨーガのふいごの呼吸などをしてみるとよいのじゃ。
 わしはいつでも直ぐに起きられるのじゃ。
2014-11-30 日 19:19:54 | URL | 鬼和尚天空 [編集]
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