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鬼和尚天空

Author:鬼和尚天空
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悟後の修行
わしは悟りを得てから、自分に何が起きたのかを、知ろうとした。
 それはどのような現象なのか、それはどのように言葉にすべきか、知ろうとしたのじゃ。
 さまざまな経も読んだ。坐りもした。

 難しいのは、それを西洋風の理論的な知識として、表さなければならないことじゃ。
 今はみんな西洋的な勉強をしておる故に、理論的な知識として、教えなければ理解出来ないからじゃ。
 昔の禅寺のように、ただわしを信じて坐れ、動けばひっぱたく、頭を捨てろと言うだけでは、誰も悟りを得ようとは思わないじゃろう。
 今の時代には、時代に合わせた教えが必要なのじゃ。
 お釈迦様も古いヴェーダの教えから離れ、時代に合わせて真我を捨て、空を教えられたのじゃ。

 自分の心を探り、さまざまな文献を読むうちに、わしには一つの確信が生まれた。
 悟りは認識と記憶の依存関係について、述べれば説明が出来ると判った。

 その後に、唯識論を知った。
 唯識論は間違いは在るものの、初めて西洋的な理論によって悟りを表したものと言える。
 細かい間違いは在るが、大筋は正しい。
 理論敵には唯識論を、少し直せば使えると判った。

 更に実践を追及する為に、数息観をしながら、観察に入った。
 瞑想を止めた状態から、数息観を行い、初心の段階から、不動心を得て、悟りに至るまでの各段階を観察し、さまざまな試しを加えた。
 足の組み方や手の位置などの姿勢の研究から、集中の仕方、呼吸の仕方などを、少し変えたり、間違っていると判れば、元に戻したりと、さまざまに研究したのじゃ。
 そのような研究を20年重ねて、ようやく理論的にも、実践的にも、正しい指導が出来ると判り、人々に教える事にしたのじゃ。

 今の時代には、インターネットというものがあり、遠くの他人にも教えを伝える事が出来る。
 わしは既に名声への要求が無く、金や権力なども求めない故に、無名のまま、ただ正しい教えだけを伝えようと考えた。
 それには、インターネットといものは、ふさわしい仕組みじゃと思った。
 
 そして、このように時代に合わせて、ブログなども書いているのじゃ。
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テーマ:悟り。 - ジャンル:心と身体

わしの履歴 | 21:45:50 | Trackback(0) | Comments(11)
コメント
はじめまして
鬼和尚さん、はじめまして。
質問があります。
唯識論の間違いとは具体的にどの点がどのように間違っているのでしょうか。
もし簡単に答えれるようであれば是非回答をお願いします。
複雑な話になるようでしたら、いずれまとめてブログにアップしていただけるととても嬉しいです。
今後も楽しみにしております!
2008-08-22 金 00:26:04 | URL | 小鬼ちゃん [編集]
最初の全ては認識によるものだという、唯識の理論から、かなり牽強付会であると言わざるを得ない。
ここは序章であり、それほど無理に理論を進める必要はなかった。
認識が他の心身の能力に比べ、優勢を占めるという、優識論くらいでも良かった。

 末那識と阿頼耶識の関係もおかしいのう。
 末那識が自我ならば、それが阿頼耶識を観るという事は無い。
 末那識が認識の一部ならば、阿頼耶識と分けてしまうのはおかしくなるのう。

 このような細部において間違いはあるが、記憶による認識を、転ずるという主題は間違っていないと言えるのじゃ。
2008-08-22 金 14:46:30 | URL | 鬼和尚 [編集]
ありがとうございました
鬼和尚さん、回答をありがとうございました。
認識が全てである、という訳ではないという事ですね。
しかし認識を転ずる事により唯識で言う心すら幻という結論に達すると。
今後も楽しみにしております!

※小鬼ちゃんに爆笑
2008-08-22 金 21:04:38 | URL | 小鬼ちゃん [編集]
鬼和尚様、ご回答を頂戴致しまして、誠にありがとうございます。
 瞑想を始めた当初、悩まされた姿勢の崩れはようやく矯正され、最初の30分程は集中度の高い呼吸の観察が出来るようになって参りました。
 当分は集中力を高める訓練を続けたいと考えております。
 
 今後とも宜しくお願い申し上げます。
2008-08-23 土 06:54:32 | URL | 初心者です。 [編集]
朝、40分、夜、1時間座りました。嘘のように姿勢の崩れが無くなり、それとともに、思考妄想に捕まりそのことにすぐに気付けないということも無くなりました。
 座っている空間のイメージが小部屋から広い場所に移動した印象です。「何かを期待していけない。」と思いつつも、座っている自分のありようが、姿勢だけでなく、何か違うような気がして、内省してみても、相変らずそこには、呼吸を観察している自分が居るだけで …あれっ、心の目で外側から「観察している自分」を見ている感覚って言うのはこの事かなと思いました。

2008-08-23 土 21:43:22 | URL | 初心者です。 [編集]
 小鬼ちゃん、
 心も又、認識によると言えば言えるじゃろう。
 言葉ではどのようにも言えるものじゃ。
 しかし、真実は言葉を離れた所にある。
 それを知るには自ら行くしかないものじゃ。
 又、おいでなさい。
2008-08-27 水 13:13:20 | URL | 鬼和尚 [編集]
初心者です。

姿勢が良くなったのはまことに良い事じゃ。
これからも何か、瞑想に支障があったら、真っ先に姿勢の崩れを見直すと良かろう。
肩に力が入っていないか、背中が曲がってないか、それらを注意し、研究してみる事じゃ。

瞑想が深まり、集中力と観察力が高まれば、意識の二重性や多重性に気付くようになる。
その他、あらゆる不可思議な事や、映像などが見えてくる。
それらに拘らす、来るものは来させ、消え去るものは消え去るに任せるのが良かろう。
そうすれば更なる境地に参入出来るじゃろう。
又おいでなさい。 
2008-08-27 水 13:19:33 | URL | 鬼和尚 [編集]
鬼和尚様、いつもよきご助言をいただき、まことにありがとうございます。体調不良の時以外は、就寝前1時間は座るようにしております。ようやく、瞑想中の姿勢の崩れがなくなり、鬼和尚様の言われた通り、上中下の丹田が一直線に揃うと脳内に快が生じ、首の付け根や顎辺りに多少の緊張感は意識されますが、自然に姿勢を維持できるようになりました。
そこで、次の段階として、鬼和尚様が具体的に例示して下さっている、掌を対象とする観察の行をそのままの表現で始めてみようと思います。
つきましては、取り組み方として、従来の座禅との時間配分、前後どちらに行うべきか、又、掌以外の対象で観察する場合の表現例など、更に特に注意すべき点などご指示いただけないでしょうか。
よろしくお願い申し上げます。
2008-08-31 日 20:24:56 | URL | 初心者です。 [編集]
 良く聞いてくれたのう。
 そのような事はこれから修行するものにも、知る必要のある事と言えるじゃろう。
 おぬしの質問をもとにして初心者がいかにして集中すべきかの記事を、書かせてもらおうかのう。

 観察と集中の時間は半分ずつでも良いが、これも自分の好みに合わせて長短を決めると良い。
 観察は集中の行の後に行った方が良い。
 集中の行の後ならば、集中力があり、観察力も大きくなっているからじゃ。
 出来れば集中して無念夢想になった時に、そのまま心が動かないように注意しながら、手などを観察すると、驚くべきものがみえるじゃろう。
 自分の手がまさに自分の手ではなく、かけ離れた存在であるような、真実の姿が垣間見える。

 観察を表現するには、心のままにという事が重要じゃ。
 わしがあまり観察の例などを書かないのは、その例を記憶してしまい、記憶した通りでなければならないと、思ってしまうからじゃ。
 観察は記憶とは違うものじゃ。
 今、ここにあるものを、己の目で見て、そのままに感じる事だけが大事なのじゃ。
 人間の性質として、どうしても記憶したものを再生する事で、今、ここにあるものを見逃すと言う事がある。
 例を書けば、それを記憶し、再生するだけになってしまう。
 それ故にわしはあまり例を書かないのじゃ。
 観察したのならば、ただ心から上がってくる感じを、そのままに表すのが、正しい観察と言える。

 観察に大事なのは、やはり記憶というものに纏わされない事じゃ。
 観察していたのに、いつの間にか別の事を連想していた、と言うのは良くある事じゃ。
 そのような記憶と観察の区別を、はっきり知って連想に陥らないようにしなければならん。
 それが大事な事と言えよう。
2008-09-02 火 20:19:38 | URL | 鬼和尚 [編集]
こんにちは
先日はご指南のほどありがとうございました!
掲示板から来ました。

あのあとより、睡眠時間が極端に減り驚いていますが、
楽しく過ごしております。

こちらで、心を静めて瞑想するしつつ、視点の移り変わりや目移りにもう少しなれたら、

今一度こちらで仏教としての教え、また哲学などの理論、小説の物語など、
自分なりに言葉に置き換えられるように、楽しく学びたいと思います。

教えを伝えて下さり、心より感謝いたします!
2016-04-21 木 13:39:55 | URL | 掲示板の小市民 [編集]
Re: タイトルなし
掲示板の小市民

 善かったのじゃ。
 学びに努めれば安楽も常にあるじゃろう。
 またおいでなさい。
2016-05-02 月 09:32:49 | URL | 鬼和尚天空 [編集]
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